管弦楽団第59回定期演奏会曲目解説その2

ブログ 2020年5月24日

マーラー(1860–1911)/ 交響曲第1番 ニ長調「巨人」

作曲 1884–1888年
初演 1884–1888年 ブタペストにて、マーラー自身の指揮により
2部構成5楽章からなる「交響詩」として。

マーラーは1860年にオーストリア帝国統治下のボヘミア、現在のチェコのカリシュテという村に生まれた。両親は共にユダヤ系で、少年マーラーはユダヤ文化とドイツ文化、ユダヤ教とキリスト教に深く触れつつ、田園的で素朴なボヘミアの風土の中で育つことになった。プラハとウィーンで学んだ後、21歳の時にウィーンで指揮者として活動を開始。その後各地で歌劇場指揮者を歴任、1897年ウィーン歌劇場指揮者に、翌年ウィーン・フィルハーモニー指揮者になる。晩年はアメリカにも渡り、メトロポリタン歌劇場などで活躍した。

歌劇の指揮者として大きな名声をあげる一方、作曲の方面で創作の主体を置いていたのは交響曲と抒情的な歌曲であった。マーラーが生涯のうちに完成させた交響曲は10曲あるが、マーラーにとってこれらの作品と歌曲は切り離せない、いわば同一の創作世界だったのだ。10曲のうち声楽を使用しない交響曲は今回演奏する第1番を含め5曲あるが、これらの作品においても自作の歌曲と関連を持たせたり歌曲風の旋律を優位に置いたりして、歌曲的な性質を帯びている。

今回演奏する第1番は同時期に作曲された歌曲『さすらう若人の歌』と主題を共有し、精神的にもつながりを持っている。これらの作品を作曲した時のマーラーは、指揮者として生きるか作曲家として生活するか決めかねており、まさにさすらう青年だったと言える。またこの曲はマーラーの恋愛事件を直接の動機として作曲されたものだとマーラーの友人にあてた手紙の中に記されている。いずれにしても、この交響曲は人生に目覚めた青年が、困難との戦いの中で様々な感情を抱きながら人生に突入していく様を描いた、青春の交響曲であると言うことが出来るだろう。

第1楽章(Langsam. Schleppend. 緩やかに重々しく ニ長調 4/4拍子 ソナタ形式)

この交響曲にはかつて各楽章に標題が付されていたが、マーラー自身によって削除されたという歴史がある。第1楽章にはかつて「春、そして終わることなく!」という標題が付けられていた。

冒頭には「自然の音の様に」という指示が記されている。全弦楽器による仄かな大気を表現するようなフラジオレットで曲は開始する。冬の永い眠りからの自然の目覚めを描写している序奏部分の中で、木管楽器による4度下降動機、クラリネットに始まり舞台裏のトランペットに引き継がれるファンファーレ、そしてクラリネットによるカッコウの鳴き声を模した4度下降の動機など、全曲中の重要なモチーフがちりばめられている。主調であるニ長調に転じたのち曲は主部に入り、チェロにより『さすらう若人の歌』の第2曲「春の野辺を歩けば」に基づく主題が呈示される。展開部は静かな「自然の音」に始まり、転調を繰り返しながら徐々に盛り上がっていくが、突如不穏なヘ短調が現れ、4楽章で登場する地獄を予感させる。クライマックスを経て曲は再現部に突入。ニ長調でそれぞれの動機を振り返った後、楽しく期待に満ちた雰囲気の中強烈な響きで終わる。

第2楽章(Kräftig bewegt, doch nicht zu schnell 力強く動きをもって、しかし速すぎず イ長調 3/4拍子 3部形式)

レントラー舞曲と呼ばれる、農民が床を踏み鳴らしながら踊っているかのような野性味のあるオーストリアの民族舞踊に、弦楽器や木管によって優美な旋律が歌われる牧歌的なトリオ部が挟まれ構成されている。かつて付されていた標題は「帆をいっぱいに張って」だ。やはり4度下降音型で伴奏される始めの主題は、歌曲集『若き日の歌』に収められた「ハンスとグレーテ」からの転用である。木管とホルンにベルアップの指示が登場する。

第3楽章(Feierlich und gemessen, ohne zu schleppen 荘厳で正確に、引きずることなく ニ短調 4/4拍子 3部形式)

フランスの銅板画家ジャック・カロの作品から霊感を得ており、「座礁!(カロ風の葬送行進曲)」という標題が付けられていた。冒頭ではティンパニの4度動機の上にコントラバスからカノン風にフランス民謡「フレール・ジャック」(日本においては「グーチョキパーで何作ろう」の歌詞で知られる)による旋律がニ短調で皮肉っぽく歌われる。オーボエによるからかうような対旋律が聞こえた後ティンパニが息絶えるように消えると、オーボエとトランペットによって民謡風の旋律が示されるが、入れ替わるように「パロディ」の指示があるボヘミアの楽隊の音楽が始まる。ここでシンバルは大太鼓に括り付け、1人の奏者によって演奏するよう指定されている。俗っぽくなったり感傷的になったりするこの部分は、マーラーがフロイトに語った通りの「崇高な悲劇性と軽薄な娯楽性の並置」が表現されている。中間部は『さすらう若人の歌』の第4曲「2つの青い目が」から、恋に破れた主人公が菩提樹の根本で眠りにつく場面が引用されている。中間部が終わると一段と皮肉っぽく1部が再現され、続けて終楽章に突入する。

第4楽章(Stürmisch bewegt 嵐のように運動して ヘ短調–ニ長調 2/2拍子 ソナタ形式)

「地獄から天国へ」という標題が付けられていた終楽章はヘ短調で幕を開ける。シンバルのfffの一打で始まる激烈な序奏から続けて、戦闘的な行進曲風の第1主題、弦楽器による幅広く情緒的な旋律の第2主題が呈示される。展開部に入ると地獄と勝利の激しい闘争の末劇的な転調を経てニ長調の勝利の行進に至るが、再現部に入ると一旦第1楽章序奏部の回想を挟み、第2主題、第1主題と再現されていく。第1主題は諦めきれないかのようにビオラから示されるが最早不完全であり、第1楽章でも現れたファンファーレ(オケ全体に「最大限の力で」と指示がある)により完全に打ち負かされる。ホルンが立奏で奏でる勇壮な行進曲から最後は青春の凱歌のごとく情熱的なクライマックスを迎え、強烈な4度下降のカッコウ音型を叩きつけて曲は爽やかに終わりを告げる。


楽器編成

フルート 4[1] ホルン 7
オーボエ 4[2] トランペット 5
クラリネット 4[3] トロンボーン 4
ファゴット 3[4] テューバ
ティンパニ 奏者2名 大太鼓
シンバル トライアングル
タムタム ハープ
弦五部

  1. Fl. 3番、4番はピッコロ持ち替え ↩︎

  2. Ob. 3番はイングリッシュ・ホルン持ち替え ↩︎

  3. Cl. 3番はバス・クラリネット、4番はE♭クラリネット持ち替え ↩︎

  4. Fg. 3番はコントラファゴット持ち替え ↩︎


参考文献

  • 金子建志『マーラーの交響曲(こだわり派のための名曲徹底分析)』音楽之友社、1994年
  • 門馬直美『作曲家別名曲解説ライブラリー マーラー』音楽之友社、1992年
  • クルシェネク/レートリヒ(和田旦訳)『グスタフ・マーラー 生涯と作品』みすず書房、1981年
  • 村井翔『作曲家・人と作品シリーズ マーラー』音楽之友社、2004年
  • 西尾洋『Gustav Mahler 交響曲 第1番 ニ長調』(解説文)日本楽譜出版社、2017年

文責:管弦楽団学生指揮者 クラリネット3年 森俊明


この曲目は2020年5月31日(日)に予定されておりました管弦楽団第59回定期演奏会にて演奏予定でした。演奏会は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を受け中止いたしました。

【中止】管弦楽団第59回定期演奏会
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い、当演奏会は中止となりました。This concert has been cancelled in response to COVID-19.

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